
食いしん坊倶楽部メンバーで医師の平松玄太郎さんが、食いしん坊ゆえに気をつけたい健康について指南してくれるこの連載。前回に引き続き、テーマは「自然毒」。気になるフグの毒などについて語っていただきます。
今回も動植物の「自然毒」についてお話しします。フグについては一部の臓器に毒があって、専門の免許を持っていないとさばいてはいけないということはなんとなくご存知かと思います。もう少し正確に説明すると、これは国家資格ではなく各都道府県が独自に試験を行って交付しているものなので、受験資格・試験の難易度・資格の名称などが都道府県ごとにバラバラである点が問題視されています。一般の方が自分で食べるためにさばくのは自由ですが、資格を持った調理人が他県に移る際には、資格の取り直しが必要になります。

肝臓や卵巣に含まれる「テトロドトキシン」という物質が中毒を起こす原因なのですが、毒性が非常に強く、青酸カリの1000倍とも表現されます。神経毒なのでこの物質を摂ってしまうと、筋肉が麻痺してしまいます。
それがなぜ怖いかと言うと、人間は無意識ながら胸周りの筋肉を動かすことで呼吸をしているので、それができなくなると呼吸停止を招き、最悪の場合は命を落としてしまいます。理屈からすると中毒を来しても周りの人が人工呼吸を続けていれば助かるはずですが、そうやって助かったケースを耳にしたことはありません。昔は食べると舌がしびれる珍味として出されていた時期もありますが、有名な歌舞伎役者さんがこの中毒で亡くなられたことなどがきっかけで法整備が進み、今日では少なくともお店で提供されることはなくなりました。この毒も加熱処理での無毒化はできないので、「お鍋にしたら大丈夫」というのはありえません。
また石川県の郷土料理で「フグの卵巣の糠漬け」というものがありますが、なぜこの調理法で解毒できるのかは未だに完全には解明されていないそうで、「地球上で最も珍しい発酵食品」と呼ぶ学者さんもいます。
ここまで日常生活の中で遭遇しうる自然毒を説明しましたが、実は全食中毒の中で昨今もっとも死亡数が多いものはまだ登場していません。それはアニサキスでもフグでもO-157でもなく、植物性自然毒の中に分類されるイヌサフランの有毒物質です。どういう経路で中毒に陥るかを先にお話しすると、山菜を取りにきた高齢者の方がギョウジャニンニクと間違えて採り、それを食べてしまうケースが多いのです。
ギョウジャニンニクはおひたしや天ぷらに用いられ、特有のニンニク臭を放つネギ属の山菜です。一方イヌサフランはサフランと似たような花を咲かせるユリ目の植物で、種子や球根に「コルヒチン」という物質が含まれます。コルヒチン自体は痛風やベーチェット病の治療薬として用いられていますが、イヌサフランから直接摂取してしまうと、和歌山毒物混入カレー事件で一躍有名となったヒ素中毒と同様の多臓器不全をきたし、死に至ることがあります。
また同様の採り違えとして有名なものにスイセンをニラと間違って採ってしまうケースがあります。スイセンも数年に1例程度とは言え、高齢者の方の誤認による死亡例が発生しています。キノコにしろ山菜にしろ、よほど採り慣れている方以外は自分の判断で食すことは止めておいた方が良いと思われます。
日本料理の世界では四季折々の旬の食材が用いられ、一年の中であれほど変化にとんだお料理を提供してくれるジャンルは世界に類を見ないでしょう。特に春においては様々な山菜を使った数々のレシピがグルメ達をうならせますが、そんな中にも一抹の危険があることを今回はご紹介させていただきました。
埼玉医科大学卒業、同大学総合医療センター 高度救命救急センター所属、同センターにて災害医長を担当。救急・集中治療専門医としてER・ICU・災害医療を生業とする傍ら、訪問診療・産業医・レースドクターなどにも従事。
編集:出口雅美(maegamiroom) 文:久保木 薫 写真:Shutterstock