
伊東の人気干物店「島源商店」の内田清隆さんに習う干物づくりもいよいよ最終回。卒業制作とも言える今回扱う魚は、古くからの高級魚ホウボウ。クジャクのような青緑色の胸ビレと紅色の魚体が美しく、強い旨味が特徴の白身魚だ。背開きをはじめ、これまでの修業で培った技術を総動員し、脂と鮮度を見極めた塩入れを実践します。師匠の内田さん、そして共に成長したスタッフ鈴木さんへの感謝を込めて、堂々のフィナーレです!
「頭でっかちで食べるところが少ない魚です。でも、皮の赤みが彩りになるし、旨味の強い白身はいろんな料理に使われます」
「硬い頭を上手に割れると気持ちがいい魚ですね」
ここは伊東の干物専門店、島源商店。我らが干物師匠である内田清隆さんとスタッフの鈴木幸治さんの師弟コンビがそれぞれの立場に応じたコメントをしているのは、ホウボウ。メジャーとは言えないけれど、食品スーパーの鮮魚売り場でもたまに見かける魚だ。

特徴的なのはクジャクの羽のような胸ビレで、新鮮なものはやはりクジャク並みに色鮮やか。より大きな魚に襲われそうなときに広げて威嚇するのかもしれないが、人間からはひたすら美しく見える。胸ビレの一部は足のようになっていて、海底をちょこちょこ歩いて移動もできる。砂の中のエサを探しているのだと思うけれど、かなりユーモラスな光景だ。釣り上げると浮き袋でブォブォッと鳴くのでこの名前が付いたらしい。
大きなものは40センチを超えるというホウボウ。内田さんの言うように旨味の強い白身なので、古くから高級魚とされている。でも、小さなものは安価。筆者の自宅近所のスーパーでは2匹入りパックが700円ぐらいで売っていることがある。
3~5月の産卵期は味が落ちるらしく、旬は秋から冬にかけて。だが一年中出回ってはいるので、夏でも干物にして味を凝縮すれば気の利いた酒肴になるはずだ。
美しくてちょっと滑稽で、味は極めて良く、さばくのはやや難しい魚。2023年11月からのんびり続けてきた本連載を締めくくる卒業制作にふさわしい干物をつくれそうだ。
刺身でも美味しいホウボウ。その際は胸ビレはハサミで切り取って皿の彩りに使ったりするが、今回は冷凍ものを干物にするので胸ビレは付けたままで構わない。細かい鱗も取り除く必要はない。
胸ビレを閉じたホウボウは意外と細長い形をしている。「“長物”は背開き。魚の背中から包丁を入れたほうが背骨にすぐあたるので細長くてもキレイに開けるから」という内田さんの教えを思い出した。薄い腹から包丁を入れて腹の皮が破けてしまう心配もないのだ。鈴木さんも迷わずに背開きを選択した。
背びれの少し上に包丁を入れ、中骨の上に刃先が当たるようにして尾まで引いていく。


手で広げながら、背骨の向こう側まで包丁を入れる。このときも、中骨の上に刃先が当たることを意識する。尾の先までしっかり包丁を入れること。ただし、腹の皮は切ってしまわないように注意。


魚を上下ひっくり返し、頭を手前になるよう魚を置き直し、包丁の刃元を使って頭を割る。ホウボウの頭は固いので力が必要だが、力を入れすぎて頭を腹側まで完全に割ってしまわないよう注意する。

頭から内臓までを、手と包丁で押し開く。前の工程でちゃんと包丁が入っていないとキレイに開かない。そのときはもう一度包丁を入れ直す。

魚の上下を戻し、包丁を置いて、手で内臓をかき出す。
えらを手でちぎって前に引くと内臓ごと除去できる。

使い古しのハブラシを使って、真水を入れたボウルで血と内臓をキレイに取り除く。

島源商店の塩水は塩分濃度8%と決まっている。この濃度を守ることよりも、自分なりの濃度を決めて固定することが大事。時間の長短だけで脱水の加減と塩の入れ具合を調節すると、いろんな干物をつくっているうちに「この魚種でこの大きさと鮮度ならば20分ぐらいは浸け込むべきかな」などと判断できるようになるからだ。これも本連載を通して学んだポイントである。
今回のホウボウは冷凍もので小さめだけど身はしっかりしている。鈴木さんは迷わずに「浸水時間は18分間」と決定。浸け終えたら真水で軽く洗って、これ以上は塩が魚に入らないようにする。身を上にして干し台に並べたら、表面を手で軽くなでると身に艶が出て美味しそうに仕上がる。
天日干しの場合、干し時間は天候によって大きく左右される。風があると早く乾くが、この日は風速15メートルもの強風。干物が飛ばされてしまわないように建物の陰で角度をつけずに平らに干したので、ほど良く乾くまでに2時間ほどかかった。なお、生っぽさを残した干物をつくる場合、身を指で押してベトつかずに指紋はつく程度が頃合いだ。


干し上がったらグリルやフライパンで焼くだけで食べられる手軽さも干物の良さだ。古くから保存食として使われてきたが、冷蔵技術が発達した現代では保存よりも旨味の凝縮を楽しむことがメイン。だから、塩は甘めでも構わない。物足りなく感じたら食べるときに塩を足せばいい。単品で食べるだけでなく、料理の食材として使うこともできる。
「氷下魚(こまい)の一夜干しみたいな上品な味ですね。粗めにほぐしてキュウリの酢漬けと一緒に食べたらいいかも。ホワイトビネガーも合いそうだな」
焼きたてを口に入れながらアイディアを出してくれるのはカメラマンの牧田さん。料理も上手な釣り師なので、その豊富な魚知識を生かして本連載を支えてくれた。番外編で食べさせてもらった牧田さんの料理、どれも美味しかったな……。
「ホウボウは骨が多いので食べるときには注意が必要ですね。独特な香りがするので、たで酢で食べたらちょうどいいかも。日本酒は何が合うかな?」
どんなときも日本酒と酒肴のことを考えているのは編集者の藤岡さん。僕が「魚をさばく連載をやりたい、どうしてもやりたい」と言ったら、本連載を企画して伴走し続けてくれた。藤岡さん、この2年半はいかがでしたか?
「空が明るくてのどかな伊東という土地が好きになりました。素朴で美味しいお店があり、お酒も安い! 干物に関しては、プロはとにかくスピードが命だと知りました。効率重視のさばき方だからこそ、難しくありません。魚をさばくことのハードルを下げられたと思っています。私は昔ながらのカチカチに干した塩辛い干物も好きなので、自分好みの干物を自宅でつくってみようかな」

干物修業の最終日に嬉しかったことがある。スタッフの鈴木〓〓さんが帰りがけに「また来てください。待ってます!」と堂々と声をかけてくれたことだ。
さばく技術が高すぎて、魚を持つと自動的にさばいてしまうほどの鈴木さん。速すぎるのでプロセスカットが撮りにくいと、最初のうちは牧田さんが困っていた。教え方も慣れているとは言えず、人見知りと緊張が伝わってくるようだった。
しかし、連載の途中から、内田さんは僕たちへの指南役を鈴木さんにほぼ完全にバトンタッチ。ときどき厳しいことを言いながらも彼の成長を見守っていた。すると、だんだんと牧田さんと呼吸が合うようになり、僕にも笑顔で辛抱強く指導してくれるようになった。
魚をさばく技術だけでなく、それを人に教えることも身につけて自信を深めた鈴木さん。内田さんも満足げだ。島源商店の干物はますます安定的に美味しくなるに違いない。
この師弟に会いに、またいつか伊東を訪れたい。




1977年生まれ、東京都江戸川区出身。2005年、妻の実家である「島源商店」に入社。旬の魚を目利きし、脂乗りや身の厚さに応じて仕込み、干し台の向きや干し時間を天候によって変えるなど、魚と塩と天日だけを使った干物づくりの伝統を受け継ぎ、「一口食べれば味の違いを実感する」干物づくりに精進している。内田さんの義父である島田静男さんは『かんたん干物づくり』(家の光協会)という一般向けの本も監修。
文:大宮冬洋 撮影:牧田健太郎