
暑いからこそ、パンチの利いたものが食べたくなる! 発売中の「dancyu」夏号では、旨くて辛くて香りがよくて、思わずお腹が鳴るような肉たっぷりの中華を特集しています。今回はその中から、あんかけを思わせる照りととろみが、ご飯にもビールにも合う、水煮牛肉のレシピを紹介します。
深い煉瓦色の麻辣湯で煮込んだ牛赤身肉、シャキッと炒めた野菜が二層をなす。中国名で「水煮牛肉(シュイジューニューロー)」。最近はコンビニ弁当にも登場してブームを呼んでいる四川料理だが、中国では昔から回鍋肉と並ぶおかずの名盤である。
家庭ごとに伝承のレシピがあるが、神楽坂の人気四川料理店「梅香」のメニュー“牛肉山椒オイル掛け”は、今はなき古典四川料理の名店「趙楊(ちょうよう)」の系譜を継ぐ。オーナーシェフの伊藤光恵さんにとって、約30年前に初めて食べて衝撃を受け、「店に弟子入りして四川料理を極めるきっかけにもなった」という特別な一皿。圧倒されたのは、「香り、ですね。やっぱり。華やかで深くて余韻も長い。料理を運ぶ動線上に香りの道ができるような」。
鮮烈さを際立たせるのが、トッピングに花椒と唐辛子の粉をのせ、ピンポイントで熱々の油を注ぐ仕上げのテクニック。四川料理らしい迫力と麻辣のくっきりしたスパイス香がパチパチと爆ぜ、食欲中枢を直撃する。
その前の調理手順そのものは、具材を切って、炒めて、煮て、と至ってシンプルだ。唯一のポイントは、肉に下味をつけた後、溶き卵と片栗粉をもみ込んでコーティングする下ごしらえの技法。中国料理では“漿(チャン)”と呼ばれるこのひと手間で、つるんとした膜が肉の旨味と水分を封じ込め、柔らかくジューシーな食感をキープ。発酵由来のコクに富む豆板醤、花椒の痺れが生む“麻”、唐辛子のひりひりした“辣”、三様の旨辛味が合体したたれがとろりとした肉にからみ、白飯を呼んで止まらない。

麻辣粉は、花椒1に唐辛子5が「梅香」の黄金比。一口目は意外にまろやか。やがてじわじわ寄せてくる辛さとともに、涼を呼ぶ爽やかさが体を吹き抜ける。暑い夏にこそ食べたくなる、攻めと引きの香味バランス。麻辣味には刺激を超えた“上品”“洗練”の境地があることを、この一皿が教えてくれる。
「梅香」の料理すべてに共通する“きれいな四川”の極意が、もう一つ。良い素材を惜しみなく使うこと。伊藤さんはあえて公表したがらないが、店では上質な国産黒毛和牛を使用。花椒は毎年四川で自ら買い付けてくる最高級品だ。そこまではできないから、せめて通販で“極上”を謳う四川省漢源産の花椒粉を取り寄せ、再現にチャレンジ。完璧とはいかずとも、憧れの香りと痺れにぐっと近づけたことを、最後にこっそり付け加えておこう。

| 牛もも薄切り肉 | 150g |
|---|---|
| セロリ | 1/4本(25g)(斜め薄切り) |
| キャベツの葉 | 1枚(25g)(一口大に切る) |
| 椎茸 | 1個(5mm幅に切る) |
| 葉にんにく | 2~3本(25g)(白い茎の部分は斜め切りに、青い部分はざく切りにして5分ほど水につける。にんにくの芽でも代用可) |
| A | |
| ├ 醤油 | 小さじ2 |
| ├ 紹興酒 | 小さじ2 |
| ├ 胡椒 | 少々 |
| ├ 溶き卵 | 1/2個分 |
| └ 片栗粉 | 小さじ2 |
| B | |
| ├ 醤油 | 小さじ1 |
| └ 紹興酒 | 小さじ1 |
| C | |
| ├ 清湯 | 350ml(チンタン。市販の鶏ガラスープでも可) |
| ├ 豆板醤 | 大さじ2 |
| └ 水溶き片栗粉 | 大さじ1(水1、片栗粉1) |
| D | |
| ├ 花椒粉 | 小さじ1/6 |
| └ 一味唐辛子 | 小さじ5/6 |
| サラダ油 | 適量 |
| 香菜 | 適量 |
牛肉をボウルに入れてAを加え、軽く混ぜて下味をつける。10分ほど置いたら溶き卵を加えてひと混ぜし、さらに片栗粉を加えて全体がなじむように混ぜ合わせる。

フライパンに油を熱し、野菜を入れてさっと炒め、清湯(分量外)少々、Bを加えて炒め合わせ、器に盛る。余熱で火が入るため、歯ごたえが残るくらいのタイミングで取り出すこと。


空になったフライパンにCを入れて火にかける。スープが沸いたら、1を入れ、強火で煮る。味をみて薄い場合は醤油や酒少々(各分量外)を足して調整を。とろみが足りなければ、水溶き片栗粉少々(分量外)を追加投入してもよい。肉の表面のコーティングが熱で固まるまで、触ったり動かしたりしないこと。

全体にとろみが回り、おいしそうな照りが出てきたら、2の野菜を覆うように3の牛肉を盛りつけ煮汁をかける。

盛りつけた牛肉の上にDの麻辣粉をのせる。別のフライパンにサラダ油小さじ1(分量外)を熱々に熱し、粉を目がけてジャッとかける。天に香菜をこんもりと盛る。




「キハチチャイナ」「趙楊」での修行を経て独立、四川料理店「梅香」をオープン。四川にも何度も足を運び、本場の味を研究している。
文:堀越典子 撮影:福尾美雪